歴史・代表あいさつ
継がれる技術・創出する緑環境
蛭田造園の歴史は、私の曾祖父(蛭田庄二氏)の代に遡ります。 大正時代に東京の春日造園で造園家として修行を始めた祖父は、明治神宮の造営工事や、林学博士の田村剛氏設計のもと、春日時太郎氏と共に大正記念園(大正天皇行幸記念園)の施工などに携わりました。戦後は、東京都原宿に蛭田庭園研究所という造園会社を起こし、東京復興にあたり都市環境造りに尽力しました。
その後、蛭田植物園と名称を変え、二代目、三代目と祖父の意思を引き継ぎ造園家として、駒沢オリンピック公園、代々木公園、六義園、皇居内・秩父宮邸・高松宮邸の管理などに携わってきました。先代方の仕事を振り返りますと、今なお現在に残されている内容に大きな意義を感じています。
現在は、伯叔従父母が東京都世田谷区、千葉県松戸市とそれぞれの地域で造園業を行っております。
私の父は、1979年に神奈川県藤沢市において蛭田造園を起こし、諸先輩方や同業者方々の御尽力により、丹沢湖三保ダムや東名高速道路の緑地植栽、多摩ニュータウン造園施工、湘南国際村の造成植栽や植樹の指導者である宮脇昭先生のもとポット苗の植え、横浜市緑園都市の植栽工事など、さまざまなお仕事をいただいて参りました。
造園という仕事を大きく見ますと、観賞や癒しを対象とした庭園造りから、地球環境を考えた「緑」造りへと変化しているように感じます。 それに対し、緑を扱ってきた私達がしっかりと向き合い、皆様の生活と地球環境の共存を考えた「緑」を創出することが大きなテーマとなっているのだと思います。
私は、代々受け継いできた造園家としての技術を信条に、1本の木を必要とされるお客様を大切にし、当たり前のことを全うにやり、地域社会の皆様に貢献して参ります。
蛭田造園 株式会社 | 代表取締役 蛭田圭一
「造園業」の価値を高めることに意欲がある人材を求めます。